「手元の300万円を繰り上げ返済に使うか、新NISAで運用するか」という比較は、よく見かけます。
ところがこの2つは、性質が違うものを並べています。
| 効果 | 確実性 | 税金 | |
|---|---|---|---|
| 繰り上げ返済 | 払わずに済む利息 | 確定している | かからない |
| 投資 | 値上がり益・分配金 | 確定していない | NISAなら非課税 |
片方は確定した数字、もう片方は分からない数字です。 そのままでは比べられません。
そこで本記事は、「同じ結果になる利回り」を計算します。 これが分かれば、判断の材料になります。
結論
繰り上げ返済の効果は、そのローンの金利と同じ利回りで運用したのと同じです。 払わずに済んだ利息が、そのまま手元に残るお金になるためです。
そしてこの利回りには、投資にはない性質が2つあります。 確定していることと、税金がかからないことです。運用益には通常税金がかかるので、同じ手取りを得るには、その分だけ高い利回りが必要になります。
ただし住宅ローン控除がある間は、この利回りが下がります。 繰り上げ返済で年末残高が減ると、控除額も減るためです。控除が終われば元に戻ります。
そして控除の減少は、繰り上げ返済の直後から数年のあいだに起きます。 一方で返済が軽くなるのは、ずっと先です。この時間差があるため、「金利から控除率を引く」という単純な引き算では、意思決定全体の利回りになりません。 通しで計算する必要があります。
本記事は、繰り上げ返済と投資のどちらを選ぶべきかには踏み込みません。比較の基準を計算するところまでを扱います。計算の前提
「住宅ローン控除がある間の繰り上げ返済」と同じ条件で計算します。
| 項目 | 条件 |
|---|---|
| 借入額 | 3,500万円 |
| 借入条件 | 35年・元利均等・年1.400% |
| 繰り上げ返済 | 6年目のはじめに300万円(期間短縮型) |
| 住宅ローン控除 | 控除率0.7%・13年。借入3,500万円の全額が控除の対象になる住宅(借入限度額が3,500万円以上の区分)とする |
| 控除の使い方 | その年の控除額を全額、所得税と住民税から引き切れている人(年収600万円・共働き) |
| 運用益の税率 | 20.315%(特定口座の場合) |
繰り上げ返済の利回りを出す
繰り上げ返済は「投資」として見ることができます。 いま300万円を出すと、将来の返済がその分だけ軽くなるからです。出ていくお金と、戻ってくるお金の関係が分かれば、利回りが計算できます。
ただし「最後の42回が消える」だけではありません。 前提の条件を1か月ずつ計算すると、完済月そのものも軽くなります。
| 繰り上げ返済なし | 繰り上げ返済あり | |
|---|---|---|
| 毎月返済額 | 105,458円 | 同じ |
| 完済する回 | 420回目 | 378回目 |
| その回の支払額 | 105,458円 | 78,876円 |
378回目の支払いが26,582円軽くなり、379回目から420回目までの42回分がまるごと不要になります。 この2つを合わせたものが、300万円と引き換えに得られるお金です。
このキャッシュフローから内部収益率を計算すると、**月あたり0.1166667%でした。12倍すると年1.400%**です。
| 金額・数値 | |
|---|---|
| 投じる金額 | 300万円 |
| 減る利息の総額 | 1,455,833円 |
| 完済月に減る額 | 26,582円 |
| 不要になる回数 | 42回 |
| 内部収益率(年・月次×12) | 1.400% |
| 年実効利率 | 1.409% |
ローンの金利1.400%とぴったり一致します。 繰り上げ返済の利回りは、そのローンの金利そのものだということです。
住宅ローン控除がある間は、利回りが下がる
繰り上げ返済で年末残高が減ると、住宅ローン控除も減ります。
ただし「年末残高の0.7%」がそのまま減るとは限りません。 控除額の計算に使うのは、住宅の区分ごとに決まった借入限度額の範囲内の年末残高だからです。令和8年から令和12年に居住した場合の借入限度額は、次のとおりです。
| 住宅の区分 | 借入限度額 | 控除期間 |
|---|---|---|
| 認定住宅(新築等) | 4,500万円 | 13年 |
| ZEH水準省エネ住宅(新築等) | 3,500万円 | 13年 |
| 省エネ基準適合住宅(新築等・令和8年・9年) | 2,000万円 | 13年 |
| その他の住宅の取得等 | 2,000万円 | 10年 |
年末残高が借入限度額を上回っている間は、繰り上げ返済をしても控除額が減りません。 限度額のほうが小さいので、計算の基礎が変わらないためです。
前提の条件では、借入3,500万円の全額が控除の対象になる住宅(認定住宅など借入限度額が3,500万円以上の区分)としています。 この場合、13年間の控除は179,000円減りました(年21,300円〜23,500円)。利息の削減1,455,833円から差し引くと、差引は1,276,833円です。
| 期間短縮型 | 返済額軽減型 | |
|---|---|---|
| 差引で残る効果 | 1,276,833 | 528,895 |
| 住宅ローン控除の減少 | 179,000 | 146,800 |
| 合計 | 1,455,833 | 675,695 |
どちらも控除の減少が上に乗っています。期間短縮型は利息の削減が大きいぶん、差引でも大きく残ります。返済額軽減型は毎月の返済額が下がるので、手元に残る現金が毎月増えるという別の効果があります。
控除額を税額から引き切れていない人は、目減りが小さくなります。 ただし**「使い切れている/いない」の二択ではありません。** 控除額の一部だけを引けている場合は、繰り上げ返済による減少も一部だけ起きます。
たとえば控除額が20万円で、税額から引ける上限が18万円だった人が、繰り上げ返済で控除額が17万円になったとします。このとき実際に受け取る額は18万円から17万円へ、1万円だけ減ります。 全額でも、ゼロでもありません。
年収による違いは、住宅ローン控除がある間の繰り上げ返済で計算しています。
利息の削減と控除の減少を、あなたの数字で同時に計算できます繰り上げ返済シミュレーター(住宅ローン控除つき)控除の減少まで入れた、この意思決定全体の利回り
「金利1.400%」と「控除期間中は0.700%」は、各時点の残高に対する効果です。 今回の300万円という一つの意思決定を通しで見た利回りとは違います。
通しで見ると、キャッシュフローはこうなります。
- いま 300万円を払う
- 控除期間が残る8年間、毎年21,300円〜23,500円ずつ控除が減る(合計179,000円)
- 約26年後から、完済月の26,582円と、その後42回分の返済がなくなる
この全体でひとつの内部収益率を出すと、月あたり0.1004493%、12倍して年1.205%(年実効1.212%)でした。
| 年(月次×12) | 年実効 | |
|---|---|---|
| ローンの返済だけを見た場合 | 1.400% | 1.409% |
| 控除の減少まで入れた場合 | 1.205% | 1.212% |
したがって「同じ結果になる利回り」を一つの数字で言うなら、この設例では約1.21%です。 0.7%でも1.4%でもありません。控除が減るのは前半の8年だけで、返済が軽くなるのは26年後以降という時間差が、この差を生んでいます。
税金を考えると、必要な利回りはさらに上がる
繰り上げ返済で減った利息には、税金がかかりません。 一方、特定口座で運用した利益には20.315%かかります。
| 必要な利回り | |
|---|---|
| NISA(非課税) | 1.205% |
| 特定口座(毎年利益を実現して課税される場合) | 1.513% |
この割り戻しが成り立つのは、毎年利益が実現して、その都度課税される場合だけです。 値上がり益を実現せずに持ち続け、最後にまとめて売る場合は、税金が売却時まで繰り延べられ、元本部分には課税されないため、必要な利回りは運用期間によって変わります(期間が長いほど、必要な利回りは1.513%より下がります)。
この数字が示しているのは「損得」ではなく、比較の基準です。 これを上回る利回りを確実に得られるなら結果は変わりますが、投資の利回りは確定していません。 そこが繰り上げ返済との決定的な違いです。
参考:300万円を運用した場合の金額
| 年利 | 13年後 | 29年後 |
|---|---|---|
| 0.7% | 3,284,766円 | 3,672,619円 |
| 1.4% | 3,594,303円 | 4,489,748円 |
| 3.0% | 4,405,601円 | 7,069,697円 |
| 5.0% | 5,656,947円 | 12,348,407円 |
NISAの側にある、税務上の非対称
利益が出れば非課税になる一方、損失が出た場合は税務上「ないもの」として扱われます。
非課税口座で取得した上場株式等を売却したことにより生じた損失はないものとみなされます
特定口座なら、損失は3年間繰り越して将来の利益と相殺できます。 NISAではこれができません。利益と損失で扱いが対称ではないという点は、比較のときに見落とされがちです。
詳しくは「株で損した年に確定申告すべきケース」で扱っています。あなたの数字で確かめる手順
① いまの適用金利を確認する
繰り上げ返済の利回りは、そのローンの金利です。 返済予定表か、金融機関からの通知で今の適用金利を確認してください。変動金利なら、この基準そのものが動きます。
② 控除がいくら減るかを確認する
まず、年末残高が借入限度額を超えていないかを見ます。 超えている間は、繰り上げ返済をしても控除額は変わりません。
次に、その控除額を実際に税額から引き切れているかを確認します。
所得税から引ける額 = その年の所得税額
住民税から引ける額 = 所得税から引き切れなかった額 と
「所得税の課税総所得金額等 × 5%(最高97,500円)」の
いずれか少ない方
住民税からの控除の上限は、令和8年から令和12年に居住した場合の額です。
引き切れていない場合でも、減少がゼロになるとは限りません。 繰り上げ返済後の控除額が、引ける上限を下回るところまで落ちれば、その差額分だけ実際に減ります。
③ 償還期間が10年未満にならないか確認する
期間短縮型で返済期間を大きく縮めると、住宅ローン控除の要件を満たさなくなることがあります。 判定するのは残りの期間ではなく、最初に償還した月から、短縮後の最終償還月までの期間です。これが10年未満になると、該当しなくなった年以後は控除を受けられません。
前提の35年ローンでは問題になりませんが、もともと期間の短いローンや、繰り上げ返済を繰り返す場合は必ず確認してください。 返済額軽減型なら期間は変わりません。
④ 税率を調整して比べる
特定口座で必要な利回り = 全体の内部収益率 ÷(1 − 0.20315)
NISAで必要な利回り = 全体の内部収益率(調整不要)
ただし③で書いたとおり、この割り戻しは「毎年課税される」前提です。 長期で持ち続ける場合は、必要な利回りはこれより低くなります。
⑤ 期間を合わせる
繰り上げ返済の効果は、返済が終わるまでの期間で発生します。 5年で比べるのと30年で比べるのとでは、複利の効き方が変わります。同じ期間で並べてください。
まとめ
- 繰り上げ返済の効果は、そのローンの金利と同じ利回りで運用したのと同じ。前提の条件では内部収益率が年1.400%(年実効1.409%)で、金利と一致した
- 効果は「最後の42回が消える」だけではない。完済月も26,582円軽くなる
- しかもこの利回りは確定していて、税金もかからない
- 住宅ローン控除の減少まで入れて通しで計算すると、年1.205%(年実効1.212%) に下がる。控除が減るのは前半、返済が軽くなるのは26年後以降という時間差があるため、「金利 − 0.7%」という引き算にはならない
- 控除額は借入限度額の範囲内の年末残高が基礎。残高が限度額を上回っている間は、繰り上げ返済をしても控除は減らない
- 控除を引き切れていない場合も、減少がゼロとは限らない(一部だけ減ることがある)
- 同じ結果を得るのに必要な利回りは、NISAなら1.205%、特定口座なら1.513%(毎年課税される前提。長期保有ならこれより低い)
- NISAは利益が非課税になる一方、損失は税務上「ないもの」とされる。 特定口座のような3年間の繰越はできない
- 前提の条件では、利息の削減1,455,833円から控除の減少179,000円を引いて差引1,276,833円
繰り上げ返済は「確定した低い利回り」、投資は「不確定な利回り」です。 どちらを選ぶかは、この違いをどう評価するかの問題であって、計算だけで決まるものではありません。本記事の数字は、その判断の材料として使ってください。