国税庁が令和7年5月に公表した令和6年分の申告状況によると、相続時精算課税を適用した申告人員は78千人で、前年分の49千人から59.2%増えました。同じ年、暦年課税の申告人員は461千人から397千人へ14.0%減っています。
令和6年分は、相続時精算課税に年110万円の基礎控除ができた最初の年です。数字を見るかぎり、贈与のしかたを乗り換えた人が実際に出ています。
一方で、この制度は「2,500万円まで贈与税がかからない制度」として説明されることが多くあります。その説明は、贈与税についてだけ見れば正しく、税金全体で見ると成り立ちません。
このように、相続時精算課税の制度は、贈与税・相続税を通じた課税が行われる制度です。
国税庁自身が、税額を減らす制度としては説明していません。
結論
相続時精算課税の特別控除は、税金をなくす仕組みではなく、払う時期を相続まで動かす仕組みです。 贈与のときにゼロだった分は、贈与した人が亡くなったときに相続財産へ戻ってきます。「贈与税がかからなかった」ことと「税負担が減った」ことは別の話です。
それでも令和6年からは、この制度に本当に減る部分ができました。 毎年の基礎控除です。暦年課税の基礎控除は、相続が近づくと遡って相続財産に戻されますが、精算課税の基礎控除は戻りません。そして戻される期間はこれから段階的に延びるので、この差はこれから広がります。
問題は、減る部分と引き換えに何を手放すかです。 この制度は一度選ぶと撤回できません。撤回できないという性質は、贈与するときには何の痛みも伴いません。 効いてくるのは、相続が起きたときと、家族の事情が変わったときです。
特に、相続のときに使えるはずだった別の特例が、生前に渡したことによって消えることがあります。 減額の割合が大きい特例ほど、消えたときの影響も大きくなります。
孫に使う場合は、さらに条件が変わります。 孫は相続人ではないことが多く、そのことが暦年課税と精算課税で正反対に働きます。
本記事は、どちらの課税方法を選ぶべきかを断定しません。制度がどう動くかと、条件を決めたときに金額がどうなるかを計算するところまでを扱います。実際の判断には、財産の構成・家族関係・相続までの見込み期間を踏まえた個別の検討が要ります。計算の前提
記事の中で5つの設例を使います。いずれも説明のために作った架空の数字で、実在する家庭のものではありません。
共通の前提は次のとおりです。
| 項目 | 条件 |
|---|---|
| 被相続人 | 父。配偶者はすでに死亡 |
| 法定相続人 | 子2人(長男・長女)。法定相続分は各2分の1 |
| 基礎控除 | 3,000万円 + 600万円 × 2人 = 4,200万円 |
| 父の財産(贈与前) | 1億円 |
| 贈与の時期 | 令和6年(2024年)1月1日以後。精算課税の110万円の基礎控除は、この日以後の贈与にしか使えない |
| 相続開始 | 設例3〜5は2026年(令和8年)中。設例1・2は贈与との前後関係で結論が変わるため、本文で年を示す |
| 受贈者の年齢 | 贈与を受けた年の1月1日において18歳以上 |
| 贈与者の年齢 | 贈与をした年の1月1日において60歳以上 |
| 端数処理 | 法定相続分に応ずる取得金額の千円未満切捨てのみ考慮。各人の課税価格・納付税額の端数処理は考慮していない |
| 考慮しないもの | 債務控除・葬式費用・未成年者控除・障害者控除・相次相続控除・配偶者の税額軽減 |
各設例の内容は次のとおりです。
| 設例1 | 設例2 | 設例3 | 設例4 | 設例5 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 何を見るか | 特別控除は税額を減らすか | 基礎控除の差はいくらか | 自宅の土地を渡すと何が消えるか | 孫に渡すとどうなるか | 申告を落とすといくらか |
| 贈与の相手 | 長男 | 長男 | 長男 | 孫 | 孫 |
| 贈与の時期 | 令和6年 | 令和6年から毎年 | 令和6年以後 | 令和6年以後 | 令和6年以後 |
| 贈与額 | 2,500万円 | 毎年110万円 | 敷地5,000万円 | 1,000万円 | 1,000万円 |
scripts/calc-sozoku-jisan-kazei.py)で行い、出力をそのまま転記しています。計算の順序は国税庁「No.4152 相続税の計算」に従いました。贈与の時期をすべて令和6年1月1日以後に置いているのは、相続時精算課税の110万円の基礎控除が令和6年1月1日以後の贈与にしか使えないためです(租税特別措置法第70条の3の2。相続税法本則の第21条の11の2は60万円で、令和5年12月31日以前の贈与には基礎控除の適用がありません)。
① 2,500万円の特別控除は、税額を1円も減らさない
まず、相続財産に何が戻るかを条文で確かめます。
特定贈与者である父母または祖父母などが亡くなった時の相続税の計算上、相続財産の価額に相続時精算課税適用財産の贈与時の価額(令和6年1月1日以後の贈与により取得した相続時精算課税適用財産については、贈与を受けた年分ごとに、その相続時精算課税適用財産の贈与時の価額の合計額から相続時精算課税に係る基礎控除額を控除した残額)を加算して相続税額を計算します。
戻るのは「基礎控除額を控除した残額」です。 特別控除2,500万円を引いた後の額ではありません。つまり特別控除で消したはずの部分は、まるごと戻ってきます。
設例1で、3つのやり方を比べます。 贈与は令和6年(2024年)、相続開始は令和15年(2033年)中とします。贈与を令和6年に置くのは精算課税の110万円の基礎控除を使うためで、相続開始をその9年後に置くのは、③の暦年課税の贈与を加算対象期間(令和13年1月1日以後の相続なので相続開始前7年以内)の外に出すためです。
| ① 贈与しない | ② 精算課税で2,500万円 | ③ 暦年課税で2,500万円を一括 | |
|---|---|---|---|
| 贈与税 | 0円 | 0円 | 8,105,000円 |
| 相続税の課税価格 | 100,000,000円 | 98,900,000円 | 75,000,000円 |
| 相続税の総額 | 7,700,000円 | 7,535,000円 | 3,950,000円 |
| 世帯の負担合計 | 7,700,000円 | 7,535,000円 | 12,055,000円 |
| ①贈与しない | ②精算課税 | ③暦年一括 | |
|---|---|---|---|
| 贈与税 | 0 | 0 | 8,105,000 |
| 相続税 | 7,700,000 | 7,535,000 | 3,950,000 |
| 合計 | 7,700,000 | 7,535,000 | 12,055,000 |
①と②はほとんど同じ高さです。2,500万円を精算課税で渡しても、世帯の負担は165,000円しか減りません。注目すべきは③で、相続税の部分(下の色)は3本のうちいちばん低いのに、棒全体ではいちばん高くなっています。相続財産を減らした分を、贈与税がそれ以上に持っていったからです。
①と②の差は165,000円です。 そして、この165,000円の正体は特別控除ではありません。
110万円(精算課税の基礎控除)× 15%(当てはまった税率)= 165,000円
基礎控除110万円が効いた分と、一円まで一致します。 つまり2,500万円の特別控除が減らした税額は0円でした。
なぜこうなるかは、加算される額を見れば分かります。②で相続財産に戻るのは 25,000,000円 − 1,100,000円 = 23,900,000円 です。特別控除23,900,000円を使って贈与税をゼロにしましたが、戻る額はそれとは無関係に「基礎控除を引いた残額」で決まります。特別控除は贈与税の計算にしか登場せず、相続税の計算には登場しません。③の暦年課税による一括贈与は、①より4,355,000円多くなりました。 相続財産は2,500万円減っているのに、負担は増えています。贈与税の税率が、この規模では相続税の税率より高いためです。
③の贈与税は、25,000,000円 − 1,100,000円 = 23,900,000円 に特例税率を当てはめて 23,900,000円 × 45% - 2,650,000円 = 8,105,000円 と計算しました。贈与は令和6年、相続開始は令和15年中なので、加算対象期間(相続開始前7年以内)の外にあり、相続財産には加算されません。逆に、暦年課税の一括贈与が加算対象期間の中に入ると、贈与税を払ったうえで2,500万円が相続財産に戻り、③はさらに不利になります。② 本当に減るのは110万円だけ。そして差はこれから広がる
暦年課税の基礎控除には、相続が近づくと遡って戻される性質があります。
加算対象期間内に贈与されたものであれば贈与税がかかったかどうかに関係なく加算します。したがって、基礎控除額110万円以下の贈与財産や死亡した年に贈与されている財産の価額も加算することになります。
精算課税の基礎控除は戻りません。 加算されるのが「基礎控除額を控除した残額」だからです。毎年110万円ちょうどであれば、残額はゼロになります。
そして戻される期間は、これから延びます。
| 被相続人の相続開始日 | 加算対象期間 |
|---|---|
| 〜令和8年12月31日 | 相続開始前3年以内(死亡の日から遡って3年前の日から死亡の日までの間) |
| 令和9年1月1日〜令和12年12月31日 | 令和6年1月1日から死亡の日までの間 |
| 令和13年1月1日〜 | 相続開始前7年以内(死亡の日から遡って7年前の日から死亡の日までの間) |
設例2で、令和6年(2024年)3月10日から毎年3月10日に110万円を長男へ贈与し、相続が起きる年まで続けた場合を計算します。 相続開始日は各年の9月1日とします。加算対象期間は日で区切られるので、贈与日と相続開始日を決めないと加算される回数が出ません。
| ケースA | ケースB | |
|---|---|---|
| 相続開始日 | 令和8年(2026年)9月1日 | 令和15年(2033年)9月1日 |
| 贈与した回数(総額) | 3回(3,300,000円) | 10回(11,000,000円) |
| 贈与後の父の財産 | 96,700,000円 | 89,000,000円 |
| 加算対象期間 | 相続開始前3年以内 | 相続開始前7年以内 |
| 暦年課税で加算される額 | 3,300,000円 | 6,700,000円 |
| 暦年課税の相続税 | 7,700,000円 | 7,055,000円 |
| 精算課税の相続税 | 7,205,000円 | 6,050,000円 |
| 差 | 495,000円 | 1,005,000円 |
差は「加算される額 × その家庭に当てはまった相続税の税率」で決まります。 どちらのケースも当てはまったのは15%の段で、3,300,000円 × 15% = 495,000円、6,700,000円 × 15% = 1,005,000円と、一円まで一致します。加算対象期間が3年から7年に延びると、加算される回数が3回から7回に増え、差は倍以上になります。
ケースAでは、令和6年・令和7年・令和8年の3回の贈与がすべて「死亡の日から遡って3年前の日(令和5年9月1日)から死亡の日まで」に入るので、330万円がそのまま加算されます。ケースBでは、加算対象期間(令和8年9月1日以後)に入るのは令和9年から令和15年までの7回・7,700,000円で、そのうち相続開始前3年以内(令和12年9月1日以後)でない4回・4,400,000円から総額100万円を引いて 3,300,000円 + 3,400,000円 = 6,700,000円 としました。年100万円ではなく総額100万円です。相続開始が早いほど贈与できる回数も少ないので、2つのケースは贈与総額も父の財産も違います。加算対象期間が段階的にどう延びるかは「生前贈与の7年ルールは、2027年から効き始める」で詳しく扱っています。ここが、令和6年に制度が変わったことの実質です。 精算課税は「2,500万円を先に渡せる制度」ではなく、「毎年110万円を相続税の外に出せる制度」になりました。ただし、そのために撤回できない選択をすることになります。
③ 自宅の土地を渡すと、小規模宅地等の特例が消える
宅地の評価を最大80%下げる特例が、生前贈与によって使えなくなります。
なお、相続時精算課税に係る贈与によって取得した宅地等および「個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除」の適用を受けた特例事業受贈者に係る贈与者または「個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除」の適用を受ける特例事業相続人等に係る被相続人から相続または遺贈により取得した特定事業用宅地等については、この特例の適用を受けることはできません。
条文の側も同じです。 租税特別措置法第69条の4第1項は、対象を「個人が相続又は遺贈により取得した財産のうちに」と書いています。生前贈与で取得した宅地は、そもそも入口に入りません。
設例3で、自宅の敷地(330平方メートル・相続税評価額5,000万円)を長男に渡す場合を計算します。 長男は父と同居していて、申告期限まで所有・居住を続けるため、特定居住用宅地等に該当します。
| ① 相続で取得する | ② 生前に精算課税で贈与する | |
|---|---|---|
| 敷地の評価 | 50,000,000円 × (1−80%) = 10,000,000円 | 50,000,000円(減額なし) |
| 相続税の課税価格 | 60,000,000円 | 98,900,000円 |
| 贈与税 | 0円 | 4,780,000円 |
| 相続税の総額 | 1,800,000円 | 7,535,000円 |
| 世帯の負担合計 | 1,800,000円 | 7,535,000円 |
| ①相続で取得 | ②精算課税で贈与 | |
|---|---|---|
| 贈与税として先に納める分 | 0 | 4,780,000 |
| 相続税として納める分 | 1,800,000 | 2,755,000 |
| 合計 | 1,800,000 | 7,535,000 |
②の棒は①の4倍以上あります。増えた5,735,000円は、贈与税を余分に払ったからではありません。②で先に納める贈与税4,780,000円は、相続税額から控除されて最終的に精算されます。差を生んでいるのは、小規模宅地等の特例による4,000万円の減額が使えなくなったことです。
差は5,735,000円です。 同じ敷地を、同じ人に渡しているのに、渡す時期を変えただけでこれだけ動きます。
②の贈与税は、50,000,000円 − 1,100,000円 = 48,900,000円 から特別控除25,000,000円を引いた 23,900,000円 に一律20%を掛けて 4,780,000円 と計算しました。長男の相続税額は 7,535,000円 × 73,900,000円 ÷ 98,900,000円 = 5,630,298円 で、ここから納めた贈与税4,780,000円が控除されるので、追加で納めるのは850,298円です。長女は1,904,702円。世帯の負担合計は 4,780,000円 + 2,755,000円 = 7,535,000円 になります。消えたのは、5,000万円の80%にあたる4,000万円の減額です。 一方、精算課税を選んだことで得られたのは基礎控除110万円ぶんだけでした。釣り合いません。
上の表は相続税と贈与税だけを並べたもので、不動産を生前に渡すときにかかる別の税は入っていません。 相続による不動産の取得には不動産取得税がかかりませんが(地方税法第73条の7第1号)、贈与による取得にはかかります。令和9年3月31日までは土地の標準税率が3%(同法附則第11条の2)、宅地評価土地の課税標準は価格の2分の1(同法附則第11条の5)です。所有権移転の登録免許税も、相続なら不動産の価額の0.4%ですが、贈与は「その他の原因による移転」として2.0%になります(登録免許税法別表第一 第一号(二)イ・ハ)。これらの課税標準は相続税評価額ではなく固定資産課税台帳の価格なので金額は設例からは出せませんが、②の側にだけ生じる負担です。 小規模宅地等の特例には、取得者ごとの要件(同居していたか、持ち家がないか、申告期限まで保有しているか)があるため、そもそも該当しない家庭もあります。該当しないと分かっている場合には、この論点は消えます。 逆に言えば、精算課税で自宅の土地を渡すかどうかを考える前に、相続で取得したときに特例が使えるかどうかを先に判定する必要があります。④ 孫に使うと、110万円の優位が消えて2割加算だけが残る
孫にも相続時精算課税を選ばせることができます。 根拠は相続税法ではなく租税特別措置法です。
平成二十七年一月一日以後に贈与により財産を取得した者がその贈与をした者の孫(その年一月一日において十八歳以上である者に限る。)であり、かつ、その贈与をした者がその年一月一日において六十歳以上の者である場合には、その贈与により財産を取得した者については、相続税法第二十一条の九の規定を準用する。
ただし、孫については2つのことが同時に起きます。
1つ目は2割加算です。
相続、遺贈や相続時精算課税に係る贈与によって財産を取得した人が、被相続人の一親等の血族(代襲相続人となった孫(直系卑属)を含みます。)および配偶者以外の人である場合には、その人の相続税額にその相続税額の2割に相当する金額が加算されます。
代襲相続人ではない孫は、一親等の血族ではありません。 対象になります。
2つ目は、110万円の優位が消えることです。 暦年課税の生前贈与加算は、相続税法第19条第1項が対象を「相続又は遺贈により財産を取得した者が」と定めています。相続でも遺贈でも何も受け取らない孫は、そもそも加算されません。 国税庁も、加算の対象から次の人を外しています。
被相続人から相続や遺贈により、租税特別措置法第70条の2の2第12項第1号(直系尊属から教育資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税)および租税特別措置法第70条の2の3第12項第2号(直系尊属から結婚・子育て資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税)に規定する管理残額以外の財産を取得しなかった人(相続時精算課税に係る贈与によって財産を取得している人を除きます。)は含まれません。
括弧書きに注意してください。 何も取得しなかった人は加算の対象から外れますが、精算課税で財産を取得している人は、その除外から外されます。つまり精算課税を選んだ孫は、相続で何も受け取らなくても相続税の計算に登場します。
設例4で、孫に1,000万円を渡す3つのやり方を比べます。 孫は18歳以上、代襲相続人ではなく、相続でも遺贈でも財産を取得せず、生命保険金も受け取らないものとします。
| ① 暦年課税で10年に分ける | ② 暦年課税で一括 | ③ 精算課税で一括 | |
|---|---|---|---|
| 贈与税 | 0円 | 1,770,000円 | 0円 |
| 相続税の課税価格 | 90,000,000円 | 90,000,000円 | 98,900,000円 |
| 相続税の総額 | 6,200,000円 | 6,200,000円 | 7,535,000円 |
| うち孫の2割加算 | ― | ― | 135,615円 |
| 世帯の負担合計 | 6,200,000円 | 7,970,000円 | 7,670,615円 |
①と③の差は1,470,615円で、①のほうが少なくなりました。 時間をかけて渡せるのであれば、孫に対しては暦年課税のほうが有利です。孫にとって、精算課税の110万円の基礎控除には意味がありません。 暦年課税の110万円も、どのみち加算されないからです。
一方、②と③を比べると③のほうが299,385円少なくなります。 一括で渡す前提であれば、精算課税のほうが安く済みます。「孫には精算課税を使うな」という単純な話ではなく、時間があるかどうかで逆転します。
①は110万円 × 9年 + 10万円 × 1年 = 1,000万円 として、どの年も基礎控除の範囲に収めています。②の贈与税は 10,000,000円 − 1,100,000円 = 8,900,000円 に特例税率を当てはめて 8,900,000円 × 30% - 900,000円 = 1,770,000円 としました。③の孫の相続税額は 7,535,000円 × 8,900,000円 ÷ 98,900,000円 = 678,074円 で、これに2割加算135,615円が乗って813,689円になります。⑤ 撤回できないことの意味
相続税法は、撤回できないことを条文で書いています。
相続時精算課税適用者は、第二項の届出書を撤回することができない。
選択は贈与者ごとです。 父からの贈与について選択しても、母からの贈与は暦年課税のままにできます。ただし父について一度選べば、その後に父から受けるすべての贈与が精算課税になります。その年の選択ではなく、その人からの生涯の贈与についての決定です。
この不可逆性が、次の4つと組み合わさります。
期限内申告を落とすと、特別控除が使えない
前項の規定は、期限内申告書に同項の規定により控除を受ける金額、既に同項の規定の適用を受けて控除した金額その他財務省令で定める事項の記載がある場合に限り、適用する。
設例5で計算します。 1,000万円の贈与について期限内申告をすれば贈与税は0円ですが、落とすと 10,000,000円 − 1,100,000円 = 8,900,000円 に一律20%がかかり1,780,000円になります。差は1,780,000円で、ここに無申告加算税と延滞税が加わります。
ただし本税は最終的に精算されます。 相続税法第33条の2は、相続税額から控除しきれない贈与税相当額を還付すると定めています。設例4③の孫であれば、相続税額813,689円から1,780,000円を引くと足りないので、966,311円が還付されます。
同条は還付の対象から「延滞税、利子税、過少申告加算税、無申告加算税及び重加算税に相当する税額」を除いています。加算税と延滞税は戻ってきません。 また還付を受けるには相続税の申告書を提出する必要があります(第33条の2第4項)。暦年課税にはこの還付の規定がありません。 相続税法第19条第1項は控除した金額を「その納付すべき相続税額とする」と定めるだけです。値下がりしても、贈与時の価額のまま
根拠の条文は、その人が相続で財産を取得するかどうかで2本に分かれます。 相続でも遺贈でも何も取得しない人(設例4③の孫)については、相続税法第21条の16第3項第1号が直接こう書いています。
当該財産の価額は、第一項の贈与の時における価額とする。
財産を取得する人(設例1〜3の長男)に当てはまるのは第21条の15第1項です。 こちらは「贈与の時における価額」とは書かず、加算するのは「贈与税の課税価格計算の基礎に算入される」財産の価額だと定めています。その価額は同法第22条の「当該財産の取得の時における時価」、つまり贈与時の時価です。結論は同じですが、条文は別々に引く必要があります。
どちらにしても、贈与した時点の評価額で固定されます。 その後に株価や地価が下がっても、下がる前の価額で相続税の課税価格に入ります。
例外は災害だけです。 租税特別措置法第70条の3の3は、精算課税で贈与を受けた土地または建物が、贈与を受けた日から相続税の期限内申告書の提出期限までの間に災害で政令で定める程度の被害を受けた場合に、税務署長の承認を受けて被害相当額を控除する仕組みを定めています。株式や投資信託の値下がりは対象外です。
同条が読み替えているのが第21条の15第1項と第21条の16第3項第2号の2本であることも、価額を決める条文が2本立てであることを裏づけています。 逆に値上がりする見込みが強い財産では、贈与時の低い価額で固定できるため有利に働きます。この制度の有利・不利は、渡す財産が今後どちらに動くかに賭ける形になります。 賭けの結果が外れても、撤回はできません。物納に使えない
前項の規定による物納に充てることができる財産は、納税義務者の課税価格計算の基礎となつた財産(当該財産により取得した財産を含み、第二十一条の九第三項の規定の適用を受ける財産を除く。)で…
括弧書きで除かれているのが相続時精算課税適用財産です。 相続税の課税価格には入るのに、納税の手段としては使えません。財産の大半が不動産である家庭では、課税価格だけが増えて納税手段が減ることになります。
110万円は、贈与者の人数では増えない
この場合の相続時精算課税に係る基礎控除額は、贈与をした人ごとではなく、贈与を受けた人ごとに1年間で110万円となります。したがって、1年間に複数の人から相続時精算課税に係る贈与を受けた場合、110万円を特定贈与者ごとの贈与税の課税価格であん分し、そのあん分した基礎控除額をそれぞれ特定贈与者から贈与を受けた財産の価額から控除します。
父と母の両方について精算課税を選んでも、110万円が220万円になるわけではありません。 一方、特別控除2,500万円は「贈与をした人ごとに累積で2,500万円まで」なので、こちらは人数分あります。同じ制度の中で、基礎控除と特別控除で数え方が逆になっています。
あなたの数字で確かめる手順
① そもそも相続税がかかるかを、加算後の金額で判定する
判定に使う金額
= 相続財産の見込み額
+ 相続時精算課税適用財産(贈与時の価額 − 各年の基礎控除)
+ 加算対象期間内の暦年課税の贈与
基礎控除 = 3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数
加算前は基礎控除以下でも、加算した結果で超えることがあります。 判定は必ず加算後の金額で行ってください。
② 相続で使う予定の特例を、先に洗い出す
| 確認すること | 生前贈与でどうなるか |
|---|---|
| 自宅の土地に小規模宅地等の特例を使う見込みがあるか | 精算課税で贈与すると使えない |
| その特例の要件(同居・持ち家なし・申告期限まで保有)を満たすか | 満たさないなら、この論点は消える |
| 相続税を納めるための現金があるか | 精算課税適用財産は物納に使えない |
| 渡すのが不動産か | 贈与には不動産取得税がかかり、登録免許税も相続の5倍(0.4%→2.0%)になる |
特例が使える見込みがあるほど、生前に渡す損が大きくなります。
③ 受け取る人が相続で財産を取得するかを確かめる
| 受け取る人 | 暦年課税の110万円 | 精算課税の110万円 |
|---|---|---|
| 相続で財産を取得する子 | 加算対象期間内なら加算される | 加算されない |
| 相続で何も取得しない孫 | もともと加算されない | 加算されない |
取得しない孫については、精算課税を選ぶ理由が基礎控除にはありません。 2割加算だけが残ります。
④ 渡す時間がどれだけあるかを見積もる
暦年課税で無税で渡せる額 = 110万円 × 渡せる年数 −(加算対象期間内に贈与した分)
精算課税で無税で渡せる額 = 110万円 × 渡せる年数 + 特別控除2,500万円(相続財産には戻る)
年数があるなら暦年課税でも同じことができ、年数がないなら精算課税で一度に渡せます。 ①〜④の順で確かめると、判断すべき点が「時間があるか」と「相続で使う特例があるか」の2つに絞られます。
⑤ 選ぶと決めたら、最初の年の届出書を落とさない
最初に選択する年の翌年2月1日から3月15日までに「相続時精算課税選択届出書」を提出する必要があります。 贈与額が110万円以下で贈与税の申告が不要な年でも、選択する年についてはこの届出書が要ります。
まとめ
- 令和6年分の申告で、相続時精算課税の申告人員は49千人から78千人へ59.2%増加した。同じ年、暦年課税は461千人から397千人へ14.0%減少した
- 2,500万円の特別控除は非課税枠ではない。 相続財産に戻るのは「基礎控除を控除した残額」で、特別控除を引いた後の額ではない
- 設例1(父の財産1億円・相続人は子2人・長男に2,500万円)では、精算課税で世帯の負担は7,700,000円から7,535,000円へ165,000円しか減らず、その165,000円は110万円 × 15% と一致した。特別控除が減らした税額は0円
- 暦年課税で2,500万円を一括贈与すると、贈与しない場合より4,355,000円多くなった(12,055,000円)。相続財産は減っているのに負担は増える
- 本当に減るのは年110万円の基礎控除だけ。 暦年課税の110万円は加算対象期間内なら加算されるが、精算課税の110万円は加算されない
- その差は加算対象期間が延びるほど広がる。 設例2(令和6年から毎年110万円)では、令和8年9月1日の相続で3回分330万円が加算されて495,000円、加算対象期間が7年になる令和15年9月1日の相続で加算額670万円・差1,005,000円。差は「加算される額 × 適用税率(この設例では15%)」と一致する
- 精算課税の110万円の基礎控除は令和6年1月1日以後の贈与にしか使えない(措置法第70条の3の2。相続税法本則の第21条の11の2は60万円)。令和5年以前に精算課税で贈与した分は、基礎控除を引かずに全額が相続財産へ戻る
- 精算課税で贈与した宅地には小規模宅地等の特例が使えない。 設例3(敷地5,000万円・預貯金5,000万円)では、相続で取得すれば1,800,000円、生前に精算課税で贈与すると7,535,000円で、差は5,735,000円。しかもこの差には、贈与にだけかかる不動産取得税と、相続の5倍の登録免許税(0.4%→2.0%)は入っていない
- 孫に使うと2割加算の対象になる。 しかも相続で何も取得しない孫は、暦年課税ならもともと加算されないので、基礎控除の優位が消える
- 設例4(孫に1,000万円)では、暦年課税で10年に分けると6,200,000円、精算課税で一括すると7,670,615円で差は1,470,615円。ただし暦年課税で一括すると7,970,000円になるため、一括で渡す前提なら精算課税のほうが299,385円少ない
- 撤回できない(相続税法第21条の9第6項)。選択は贈与者ごとで、その人からの生涯の贈与についての決定になる
- 特別控除は期限内申告が要件(第21条の12第2項)。設例5では申告を落とすと贈与税が0円から1,780,000円になる。本税は相続税額から控除され、控除しきれない分は還付されるが(第33条の2)、加算税と延滞税は戻らない
- 値下がりしても贈与時の価額のまま。 例外は土地・建物が災害で被害を受けた場合だけ(措置法第70条の3の3)で、株式の値下がりは対象外
- 精算課税適用財産は物納に使えない(第41条2項の括弧書き)
- 110万円は受贈者ごと。 父と母の両方について選んでも220万円にはならず、按分される。一方で特別控除2,500万円は贈与者ごとに累積する
- 財務省の令和8年度税制改正の大綱を全文検索したが、この制度に関する記載はない。見直しも延長も予定されていない
この制度の判断は、贈与税がいくらかで決まりません。 相続まで含めた合計と、相続のときに使えるはずだった特例まで並べて初めて、どちらが有利かが出ます。本記事の手順は、その並べ方を示すためのものです。